大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(わ)3758号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成六年七月二日午前零時三〇分ころから同日午前一時ころまでの間、大阪市中央区《番地略》甲野レヂデンス北側路上から同市《番地略》サンライズ乙山二〇一号室AことB方まで、回転弾倉式けん銃一丁(平成七年押第一二八号の1)をこれに適合する実包五発(同押号の2の実包五発。ただし、うち、鑑定のため解体試射されたもの一発、試射されたもの一発。)とともに携帯して所持したものであるが、右犯行から旬日を経過後、大阪府曽根崎警察署において、同署司法巡査を介し同署司法警察員に自首したものである。

(証拠)《略》

(法令の適用)

罰条 銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第二項、一項、平成七年法律第八九号による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三条一項

自首減軽 平成七年法律第九一号による改正前の刑法四二条一項、六八条三号

併合罪の処理 同法四五条後段、五〇条

(本件の罪は前記確定裁判のあった罪と併合罪である。)

酌量減軽 同法六六条、七一条、六八条三号

未決勾留日数の算入 同法二一条

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(弁護人の主張に対する判断)

一  公訴権濫用の主張について

弁護人の主張は、要するに、被告人は、平成六年一〇月二八日大阪地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役一年に処せられたものであるが、この罪の起訴前の段階で取調警察官に被告人が本件の罪を自白(自首)してその取調べを受け、本件の事実が明らかとなっていたのに、右覚せい剤取締法違反被告事件の起訴状に「追起訴なし」との付箋が添付されていた上、同被告事件の第一回公判期日において、裁判官の「追起訴があるか。」との質問に対して、検察官が「家庭裁判所には別件を起訴するが、この裁判所にはない。」と答えたにもかかわらず、右被告事件の前記判決宣告後である同年一二月七日に至って本件を起訴したものであるところ、このような起訴の仕方は被告人の併合審理の利益を奪ったものであって、公訴権の濫用であるから、本件公訴は棄却されるべきである旨いうのである。

しかしながら、記録によると、なるほど、右覚せい剤取締法違反被告事件の起訴前である平成六年七月の段階で、被告人が取調警察官に対し本件を自白(自首)していること、本件と右覚せい剤取締法違反罪は併合罪の関係にあるが、検察官は、同年八月五日大阪地方裁判所に右覚せい剤取締法違反罪を起訴し、その起訴状には「追起訴なし」との付箋が添付されていたこと、そして、同年一〇月二八日同裁判所で右覚せい剤取締法違反被告事件につき被告人を懲役一年に処する旨の前記判決が言い渡され、その後の同年一二月七日に至り検察官が本件を起訴したことが認められるけれども、検察官が右覚せい剤取締法違反被告事件の起訴状に「追起訴なし」との付箋を添付した趣旨は、検察官として、当面は余罪の追起訴を予定していない旨の判断を示したにすぎないものと解されるのであり、余罪を向後起訴しない旨を宣言したものとはみられない。また、被告人は、当公判廷において、検察官が右覚せい剤取締法違反被告事件の第一回公判期日に裁判官の質問に対し「家庭裁判所には別件を起訴するが、この裁判所にはない。」と答えた旨、弁護人の主張に沿う供述をするけれども、たとえこの供述どおりのことがあったとしても、それは、検察官が前同様の判断を示したにすぎないものとみるのが相当である。ちなみに、右覚せい剤取締法違反被告事件の被告人に対する判決の言渡し当時においても、本件の重要参考人であるCに対する捜査官の取調べが未了であったことは記録上明らかであるから、右判決時までに検察官が本件につき、起訴・不起訴の処分を決し得なかったことは優にうかがえるところである。以上の諸点に照らすと、検察官が右覚せい剤取締法違反被告事件の判決言渡し前において、本件を追起訴しなかったことに違法・不当は認められないから、検察官が起訴したのは弁護人指摘の併合の利益を不当に奪ったものとはいえない。弁護人の右主張は採用することができない。

二  被告人は本件のけん銃一丁及びこれに適合する実包五発(以下「本件けん銃等」という。)を法律上「所持」したとはいえないとの主張について

弁護人の主張は、要するに、被告人は、自己運転の車両内で、Cが置き忘れていた本件けん銃等を発見してから、さらに同車両を運転してB方へ赴いて同人に本件けん銃等を預けたのであるが、被告人が右の発見時と預ける時に本件けん銃等を手にして見た時間は短時間であり、かつ、被告人にはその間の右車両運転中本件けん銃等を実力支配する意図がなかったから、被告人は本件けん銃等を法律上客観的にも主観的にも「所持」したものとはいえない旨いうのである。

しかしながら、関係証拠によると、被告人は、判示甲野レヂデンス北側路上において自己が運転する軽四輪貨物自動車内に知人のCが置き忘れた本件けん銃等を発見した際、その措置を思案の末、当時世話になっていたB方へこれを持参して同人に預かってもらおうと考え、その車内に本件けん銃等を積載したまま同車両を運転走行して同人方へ至った上、同人に本件けん銃等を見せて預けたこと、右の発見時から預ける時までの時間は、その発見時と預ける時の各時点で被告人が本件けん銃等を確かめてみるなどした時間をも含めて、約三〇分であることがそれぞれ認められる。この事実関係のもとでは、右の約三〇分間は被告人が本件けん銃等を実力支配して携帯したものといえるから、これが法律上の「所持」に当たることは明らかであり、かつ、被告人にはその故意があったことも認めるに十分である。弁護人の右主張は採用の限りでない。

三  可罰的違法性の欠如の主張について

弁護人の主張は、要するに、たとえ被告人が本件けん銃等を法律上所持したものといえるにしても、<1>その所持の時間は一五分ないし二〇分という短時間にすぎないこと、<2>その所持は被告人が自己の車両内にCの忘れ物である本件けん銃等を発見したことに端を発したものであること、<3>被告人が本件けん銃等を警察に届け出るとCの怒りを買うのは必定であり、かといって、同人に連絡して本件けん銃等を返還するのも、当時被告人が同人から金策を厳しく要求されていて同人に会うのは辛かったから、被告としてはこうした措置をとらなかったこと、<4>そこで、被告人は居候先のB方に赴いて同人に本件けん銃等を預かってもらったのであり、その際同人は進んで本件けん銃等を預かってくれたこと、<5>その後被告人は警察に本件を自首したこと、以上の事情を総合考慮すると、被告人による本件けん銃等の所持は可罰的違法性が欠如している旨いうのである。

しかしながら、右<1>の点については、被告人が本件けん銃等を所持した時間が約三〇分間と認められることは前認定のとおりであるし、右<2>ないし<5>の各点については、関係証拠に照らし、弁護人指摘のとおり(ただし、<4>の点に関し、被告人がB方へ赴いたのは本件けん銃等を同人に預かってもらおうと考えたからである。)と認められるけれども、以上認定の諸事情を総合考慮しても、被告人による本件けん銃等の所持の可罰的違法性が欠如しているとは到底いえない。弁護人の右主張は採用の限りでない。なお、弁護人は、けん銃の短時間の所持に関し可罰的違法性の欠如を肯定した判例として、東京高裁昭和四二年六月一二日判決(東京高等裁判所刑事判決時報一八巻六号一八四頁)を挙示するが、これは、数一〇秒間ないしせいぜい数分間の自主性が極めて薄弱なけん銃所持に関する事案であって、本件には適切ではない。

四  片面的従犯の主張について

弁護人の主張は、要するに、本件の正犯者はCであって、被告人は同人の当該正犯行為を片面的に幇助していた従犯であるというのである。

しかしながら、被告人が、判示甲野レヂデンス北側路上において、自己運転の車両内にCが置き忘れた本件けん銃等を発見してからB方に赴いて同人にこれを預けるに至るまで、約三〇分間にわたり、被告人自身が本件けん銃等を携帯して所持したものであることは前認定のとおりであり、他方、少なくともその間には既にCは本件けん銃等の所持を失っているとみることができるから、被告人が本件の正犯者であり、弁護人主張の従犯とみる余地のないことは明らかである。弁護人の右主張も採用の限りでない。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、自己運転の車両内に知人のCが置き忘れたけん銃及びこれに適合する実包五発を発見したことから、その発見地点から当時自分が世話になっていたB方までの間、これらを同人に預ける目的で、約三〇分間にわたり、右車両内に積載するなどして携帯して所持した、という事案である。近時、けん銃とこれに適合する実包の所持の犯行は、社会的危険が大きいとして特に厳しい処罰の対象とされているところ、本件犯行の罪質、動機、態様等、とりわけ、被告人は発見した本件けん銃等を警察に届出しようなどと考えないで、これを携行してB方へ赴き同人に預けたものであり、その結果、同人をもその関連犯罪に巻き込んでいること、加えて、被告人は、平成五年九月二〇日に覚せい剤取締法違反罪で懲役二年六月、執行猶予三年の判決を言い渡され、社会内で更生する機会を与えられたのに不良行状を改めず、その判決の言渡しからわずか約一〇箇月後の右執行猶予期間中に本件犯行に及んだものであることなどを併せ考えると、犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

しかしながら、他方、被告人が本件けん銃等を所持した期間(時間)はわずか約三〇分間であること、そして、被告人が本件けん銃等を自ら望んで入手したものではない上に、被告人としては、当時前記Cから金策を厳しく要求されるなどして同人を恐れていたことから、発見した本件けん銃等を警察に届け出るなどの適切な措置をとり難かったというのであり、この点で犯行の動機に関し酌むべきものがないではないこと、被告人は、別件の賍物故買被疑事実により逮捕されてその取調べを受けた際に、本件を自首したものであること、被告人がこれまでの自己の生活態度を含めて本件を反省し、更生の決意を示していること、内妻が被告人に対する今後の監督を約していることなど、被告人に有利な事情を考慮し、かつ、被告人は、前記確定裁判に係る児童福祉法違反罪による懲役八月の刑執行を受け始めており、前記覚せい剤取締法違反罪による懲役二年六月の刑の執行猶予が取り消されてその刑の執行を受けるに至ることなどをもしん酌し、本件については、刑法上の自首減軽と酌量減軽をした上、被告人に対し主文掲記の刑を科するのが相当であると考える(求刑・懲役一年六月及び本件けん銃等の没収)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口 彰 裁判官 増田周三 裁判官 長瀬敬昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例